我が家では京都新聞
というローカル紙を購読しています。以前はいくつかの縁があって毎日新聞
でしたが、2002年の転居をきっかけに変更したのでした。毎月第一土曜日の夕刊に「追想」という、最近亡くなられた方を偲ぶ紙面があります。9月1日(土)に掲載されていたのが、小田実
・河合隼雄
・谷伍平
・飯田深雪
の四氏。写真とともに800字程度の記事が添えられています。普段はなかなか新聞をじっくり読むことはないのですが、土曜日の夕刊と言うこともあって、久しぶりに目を通す余裕がありました。それぞれに著名な方には違いありませんが、とくに河合隼雄さんについては感慨深いものがあります。
河合隼雄さんはユング心理学の研究者であり、「箱庭療法」の導入などによって臨床心理学を日本に普及された方としてあまりにも有名です。そして、文化庁長官になられたことで、一層その人と名前が多くの方に知られるようになりました。しかし「河合家」というのはその出身地である篠山市
とセットになって、関西では以前からきわめて有名な家系なのです。
その篠山ですが、30歳になって入学した大学院で、去年の春に亡くなられた米山俊直
先生の授業(テーマは小盆地研究)のエクスカーションとして、夏休みに2泊3日のフィールドワークへ出かけたことがありました。篠山盆地の社会構造を探るという表向きのテーマとは別に、町歩きの途中で偶然河合さんの実家の前を通りかかり、しばし眺めていたことを思い出します(もちろん米山先生からも篠山の河合家の話は聞いていました。そういえば、去年の夏にもツレアイと一緒にミニドライブで立ち寄ったのでした)。
この時は金がなかったので(今もそうですが)、車で一時間ばかり南下した私の生家(猪名川町
)で仲間と合宿していました。距離的には大変近いのですが、文化圏は全く別です。小さな城下町ではあってもデカンショ節
や黒豆
、丹波立杭焼
などといった文化要素がたくさんある町として、田舎に育った少年には少しまぶしい目で眺める「全国区の田舎」として存在していた町なのでした。
河合さんが脳梗塞で倒れられたのは昨年8月ですが、直前に一度近鉄特急車内で見かけたことがあります。確か旧ブログに記録があるはずと思いましたが見つかりません。京都から同じ車内の通路を隔てて反対側の席で、30分後に西大寺で下車されたのでした。忙しいのだろうなぁと思いつつ、妙に顔色が白かったことをいつまでも覚えていたのでした。

