やはり今年も

暖かい? 天気予報通り、午後からは雨が降り出して、夕方からはかなり肌寒くなってきました。ココはといえば、クッションにしっかりと沈み込んで熟睡モード。私はといえば、いくつかの懸案があって結局終日自宅で仕事。シホさんにはばれてしまいましたが、今年も当然めぐってきたこの日、誕生日の一日は自宅で静かに過ぎていきました。夕飯は鯨が手に入ったので、ハリハリ鍋とおでん。それに日本酒で、みんなで静かに乾杯! :mrgreen:

 次男は遅くなるとかで、早めに戻ったツレアイと長男と三人の夕飯。「ハリハリ鍋」の説明をするのですが、長男にとっては「鯨肉」は異文化。鍋に薄口・味醂・水を1:1:10、薄切りにした鯨肉を入れて煮立たせ、アクを取ってからざく切りにした水菜を入れて一煮立ち。水菜のシャキシャキとした歯ごたえが「ハリハリ」という表現になった(はず)というのが、私の説明ですが、Wikipediaには解説が見あたらなかった(はず)ので、ちょっと不安。しかし、少し熱めの日本酒をいただき、丸山千枚田の新米のご飯をいただいて、誕生日の夕飯を無事終えることが出来ました。 😛

2006年の誕生日
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投稿者: myon

このブログの管理人は,京都の下町に住み,大阪の女子大に勤務するお気楽オジサンです.通勤車内の読書記録・上方落語鑑賞メモ・料理食べたり作ったり・同居猫ココの日常などを主なコンテンツとしています.

「やはり今年も」への15件のフィードバック

  1. myonさん、こんばんはー。
    お誕生日おめでとうございます。
    何十回目の誕生日でしょうか?

    鯨肉って小学校の時の給食でよく出ていました。
    あの頃はまだまだ日本の捕鯨の最盛期でしたから。
    捕鯨も衰退して、鯨肉も『高級品』になってしまいましたね。

  2. mooさん、コメントありがとうございます。
    >何十回目の誕生日でしょうか?
    ハッハッハッ、 😳
    夕飯を食べながら、ツレアイとしばし昔話を。自宅でも学校でも、貴重なタンパク源でしたよね。生姜を利かせた竜田揚げも好きでしたし、カツも美味しくいただきました。安物の時は、「血管」が残っていたりして、これには閉口しましたが。 😉
    小学校の教科書だったか、捕鯨の銛の改良の話が載っていたのを思い出しました。先端を尖らせるよりも、少し平にする方がちゃんと命中するとかいう話でした。
    年に数回お邪魔する和歌山県太地町では、鯨の博物館もあり、港には捕鯨船を見ることも出来ます。年々、こんな思い出話に費やす時間が多くなってきたように思います。 :mrgreen:

  3. 誕生日おめでとうございます。
    ハリハリ鍋は関西の料理ですね、もっぱら生で頂きました、時々歯生姜醤油につけて炭火で焼いてました。
    昔は安かったですよねー。

    親の職業が田舎の魚屋だったので、鯨は「赤身」とよんでいました。三十センチ角位のダンボールに入った冷凍肉でコチコチでした。長い刺身包丁で小学生の私は全体重をかけて、切っていました。勢いあまって手が刃先の方へすべり、親指の付け根を薄く切ったこともよくあります。
    冷たくて痛い思い出です。量り売りで100匁単位で売ってました。

  4. 同じ年齢になりましたね。 :mrgreen:
    鯨・・頭に魚のトロ箱をのせた漁師町のおばさんが売りにきていました。すき焼きはもっぱら鯨か兎・・たまに親父が捕ってくる猪・・いい時代でしたね :mrgreen:

  5. >anhiroshiさん
    「100匁」が通じなくなりましたね。「もんめ」は「一文銭の目方」から出来た言葉だとか、五円玉の重さが一匁だとかいうことも、今となってはマイナーなトレビアです。
    >satoshi-kさん
    「トロ箱」も懐かしい言葉となりました。ただ、私は「兎」は食べたことありません。猪は近くに専門の肉屋があったので、解体作業をよく見に行ったものでした。「三丁目の夕日」の田舎バージョンですね。 😛

  6. おはようございます。一日遅れで、すみません。お誕生日、おめでとうございます。「もんめ」書いたら、「匁」と変換されたので、驚きました 🙄
    父が「学校から帰って来たら可愛がって育てていた兎がいなくなっているので、捜しまわって、でも見つからず、夜、家に帰ったら、晩ご飯がすき焼きだった〜」という話をしていたのを思い出しました。 😳

  7. afiaさん、ありがとうございます。
    数年前に見たドイツ映画の、或る家族の食事シーン。いつになくご馳走なので喜んでいたこども、ふと気になって家のゴミ箱をあけると「ウサギの毛皮」があって、あわてて飼育小屋に駆け寄る・・・。洋の東西を問わず、ある話なのですね。 😯

  8. 遅れましたが、お誕生日おめでとうございます。
    先日、保育園のお母さん達とお話ししていたところ、「給食で鯨を食べたか?」という話題で盛り上がりました。
    京都出身のお母さんと私(大阪出身)は、「食べたことあるはずやけど、あんまり覚えてへんなぁ」と言ったところ、山形出身のお母さんは「食べ過ぎて見るのも嫌」と言ってはりました。
    「なぜ山形で鯨なのか?」と不思議に感じた井戸端会議でした。

  9. ken君、わざわざ恐れ入ります。
    やはり、「鯨」に関する話題には世代と地域性がずいぶんと影響しているようですね。加えて、親の職業なども関連しているかも知れません。
    親の職業がこどもに与える影響というと、satoshi-kさんと私の比較など面白いテーマかも。 :mrgreen:

  10. ウサギですか。
    小学生の頃、檜を伐採した後を村役場が畠に貸していました。そこを家族で開墾していた時にウサギが一匹飛び出してきたんです、皆で追いかけて捕まえました。
    夜近所の人と食べていましたが、僕はノドを通らなかったです。
    その後「まちぼうけ」の歌は歌えなくなりました。

    尺貫法を守る運動??は永ろくすけさんが、やっておられましたね。

  11. 東京都下、東久留米市でも30年前くらいの給食、鯨の竜田揚げよく出ました。
    愛知三河の連れ合いと給食の話をすると本当に地域によって違うんだなあと思いますね。ソフト麺(三河ではよく食べたらしい)なんてなかった私達はバケツに入ったぶちぶちに切れたうどんを喜んで食べていました。

  12. >anhiroshiさん
    「家族で開墾」というのがしびれますね。 :mrgreen: 私はこどもの頃、開墾された山の畑仕事をよく手伝わされました。あたりには丸くて小さい「兎の糞」があちこちにあったことを思い出します。
    「尺貫法」については米朝師がよくマクラで使っていた「鯨と大仏の背比べ」を思い出します。紀州の鯨と奈良の大仏が背比べをした。「お身丈五丈三尺」という大仏さんですが、いざ並んでみると鯨の方が「二寸」長かった・・・。つまり、「曲尺」と「鯨尺」との違いをネタにしたもの。職人の仕事を大事にした永六輔さんには、この点では賛成ですね。
    >シホさん
    なんか、オンラインの集団インタビューになってきましたね。それにしても、このブログの平均年齢の高さが証明されて面白いです。でも、「ソフト麺」、知りません。 😆

  13. 大阪市の小学校の給食では、コロコロ鯨の竜田揚げ、平べったい鯨の生姜焼きなど、食べていました。まずくはなかったのですが、anhiroshiさんのところで美味しい鯨をいただくまでは「鯨は見るのも嫌」でした。油ねちねちのビニール袋に入った直方体型シュウマイ2本セットも定番でした。私も「ソフト麺」知りません。ぶちぶち切れたうどんとミカンの缶詰の日は、うれしかったなあ。
    😆

  14. 我が家でもこのエントリー記事に触発されてハリハリ鍋を作りました。家族は(たぶん)初めてのメニューでしたが、鯨の食感に感激しきりでした。時代は確実に変わっているわけです。

  15. 久々登場のsampe氏ですが、実は先ほどまで少し遅めの夕食というか、お酒をご一緒していました。肴は、当然のことながら、鯨の赤身とベーコン! 😀
    ちなみに彼もおツレアイも、名古屋のご出身。なるほど、ハリハリ鍋はご存じないわけですね。 😛

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