桂枝雀の貧乏神

 このところ、週末の楽しみは早朝のNHK・かんさい想い出シアター、桂枝雀の3週目は「貧乏神」、昨晩帰宅が遅かったので携帯の目覚ましを5時にセットして、何とか観ることができました。小佐田定雄さんの作になるものですが、放送は平成7年と近年の映像。マクラでは例によって子ども時分の神戸空襲の避難風景、自宅の神さんが先に落ちてくるところから、噺に入っていきます。私はこのマクラは生でも聴いたことがあるのですが(たぶん、角座)、恐らくまだ小米のはず、いったいいつ本題に入るのかとハラハラするぐらい長くまた面白かったことを記憶しています(しかし、その時のネタが何であったのかは覚えていません)。枝雀さんの宗教観はそれはそれで面白いのですが、一時期はそれがマクラでしつこいくらい語るので、辟易することもありました。しかし、理詰めの神や仏ではなく、体験とともに語る彼の神は、まさに庶民の「神さん」として身近に感じられます。ましてこの噺はぱっとしない貧乏神と同居し、彼に養われるというもの。洗濯で日銭を稼ぐ貧乏神が、盥を抱えながら「綺麗な夕日やなぁ、明日も洗濯物がよく乾く」というシーン、本当に赤い夕焼けの光を感じて大好きな場面です。時代設定を気にすることなく、普通の人の内面にあるある種の普遍性に依拠した、いつまでも通用する佳作ですね。

 枝雀さんは、定時制高校に通いながら昼間は働いていて、一時期は私の母校である兵庫県立伊丹高等学校で働いていたというのは地元では有名な話。私が高校生の頃には、枝雀さんが働いていたことを知る先生もおられました。私も卒業して数年の間は、文化祭に後輩たちの様子を見にいったりしたものですが、その後はとんとご無沙汰。落語研究会がその後どうなったかもよく知りません。ただ、枝雀さんを見るたびに、やはり高校生の頃を思い出します。プリンス池や築山などの緑豊かな学校でしたが、ずいぶんと変わっているのでしょうね、だって、卒業して36年も経っていますから。

投稿者: myon

このブログの管理人は,京都の下町に住み,大阪の女子大に勤務するお気楽オジサンです.通勤車内の読書記録・上方落語鑑賞メモ・料理食べたり作ったり・同居猫ココの日常などを主なコンテンツとしています.

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