朝鮮半島南北被爆者問題を考える集い

 「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」からの呼びかけです。福島原発の問題で核に対する関心が深まっているいまこそ、被爆者問題をきちんと見つめる視点を持ちたいものです。

日時:2011年6月18日(土)午後1時~5時10分
会場:クレオ大阪東(大阪市城東区鴫野西2-1-21、電話06-6965-1200、JR「 京橋駅」南口から徒歩8分)
スケジュール:
 午後1時00分~2時30分 在朝被爆者記録映画「ヒロシマ・ピョンヤン 棄てられた被爆者」上映
 2時50分~5時00分 シンポジウム 「朝鮮半島南北被爆者問題を考える」
  ● 平和メッセージ (40分)
   野中廣務(元内閣官房長官)
   辛 亨根(駐広島大韓民国総領事)
  ●パネルディスカッション(1時間30分)
  野中廣務(元内閣官房長官)
  市場淳子(韓国の原爆被害者を救援する市民の会会長)
  伊藤孝司(フォトジャーナリスト・上映作品監督)
  李 実根(在日本朝鮮人被爆者連絡協議会会長)
  白 員勲( 参議院議員)
  コーディネート・仲尾 宏(京都造形芸術大学客員教授)
参加費:1,000円
主催:教育文化ジャーナル コリアンワールド
※参加希望者は氏名・住所・電話を記入の上EメールまたはFAXにてお申し込みください
mall:info@koreanworld-jp.com FAX:06-6977-3053
お問い合わせ:教育文化ジャーナル コリアンワールド TEL 06-6245-5193

開催趣旨
 1945年 8月 6日、広島に9日には長崎に原子爆弾が落とされた。両市合わせて60万人以上が被爆した。その中に朝鮮人被爆者が広島で5万人 (死亡3万人)、 長崎で2万人 (死亡1万人)いた。日本人は世界で唯一の被爆国民と言われるが、多くの被爆朝鮮人が存在していた。強制連行や生きんがために多くの朝鮮人が日本に渡航し、広島、長崎にも在住していた。広島は数万の兵力を擁する軍都であり、たくさんの軍需工場があった。長崎には三菱の造船所や兵器工場などがあった。
 強制連行されてきた朝鮮人は、そうした軍都で軍需物資をつくるために、強制労働をさせられた。広島、長崎が軍都としての機能を果たしていたと判断され、米国の原爆投下の目標に定められ、多くの朝鮮人が日本人とともに被爆し、死亡することになった。 もし、日本が朝鮮を植民地支配していなけれが、朝鮮人は被爆することはなかったのである。
 日本の敗戦後、解放された朝鮮人の本国への帰国が進み、被爆者も約 2万 3千人が帰 国。日本に残つたのは広島に5千人、長崎に2千人と言われる。韓国に帰国した被爆者 たちは被爆の後遺症で医療費は大きな負担であった。そして、後遺症を治療できる医師 がいなかったため、一般的な治療しか受けられなかった。韓国の被爆者たちは1967年に「韓国原爆被爆者援護協会」を結成した。 日本政府へ補償を要求する運動を開始した。 韓国には約2500人の被爆者手帳を所有する被爆者が存在し、日本政府から手当てが送金されている。
 現在、それでも、韓国の被爆者には医療費支給額に上限が設けられ、日本国内の被爆者とは区別されている。北朝鮮にいたっては、生存する382人の被爆者には、1名の 被爆者手帳所持者を含む全員に、なんの援助もない。同国の被爆者は、まさに「棄てられた被爆者」なのである
 広島の日本人の医師たちが2008年に医療支援のため、訪朝している。訪れた病院では X線撮影装置が30年前の旧式だったことなど、医療機器の老朽化は被爆者たちの健康を阻んでいた。国交がないという理由で被爆者を放置してよいのだろうか。日本国政府の 主体的な取り組みを期待したい。この集いを通して、南北の被爆者問題を考え、朝鮮半島、日本、東アジアに横たわる戦後処理問題を問うていきたい。

投稿者: myon

このブログの管理人は,京都の下町に住み,大阪の女子大に勤務するお気楽オジサンです.通勤車内の読書記録・上方落語鑑賞メモ・料理食べたり作ったり・同居猫ココの日常などを主なコンテンツとしています.

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