tsunamiの語源

 京都新聞(朝刊)に、5月18日(水)から「大変を生きる-災害と文学」という記事の連載(掲載は週一回)が始まりました。第一回目にはこの連載の趣旨として「死者・行方不明者、計約2万5千人という未曽有の東日本大震災。原発の事故も続く。日本に生きる人たちはこれまでの災害とどう闘い、大変をどう生き、書いできたのかを紹介していく」とあり、第一回目には吉村昭さんの三陸大津波の取材時の様子が紹介されています。今朝の朝刊には第二回目、「稲むらの火」で有名な浜口梧陵の息子・浜口担の英国の講演時のエピソードが紹介されています。ラフカディオ・ハーンが梧陵のエピソードを『生神様』という作品でまず海外で発表し、その際、津波をtsunamiと表記したことからこの言葉が国際化し、1968年には米国の海洋学者から国際語として提案されたとのこと。そう言えば、以前わたしも稲むらの火という記事を書いていました。この連載、大変興味深く、スキャンしてEvernoteに保存しています。

 私の職場には地域共創センターというセクションが昨年設立され、私がその仕事を担当しています。今年から一応予算措置も行われているので、それなりにきちんと仕事をしなければなりません。本来の役割は、大学と社会・地域との連携を取り仕切ることにあるのですが、やはり今回のような大災害に直面すると、大学としてどのような貢献が可能かと考えざるをえません。今回の震災対応に関する各大学の具体的な取組については、これも今年から加入した大学プレスセンターのニュース配信で簡単に情報を入手することができます。しかし、そこで問われているのは災害時における地域の絆、それを理解するためにはやはり災害の記録を学習することが重要と、まずは文献収集に取り組んでいます。そこで出会ったのが吉村昭さんの仕事、それを読み進めている途中で京都新聞の連載に出会ったのでした。ところでこの「稲むらの火」、今年から小学校の教科書に掲載されているそうですね。大学でもネタにしてみようかな・・・。

投稿者: myon

このブログの管理人は,京都の下町に住み,大阪の女子大に勤務するお気楽オジサンです.通勤車内の読書記録・上方落語鑑賞メモ・料理食べたり作ったり・同居猫ココの日常などを主なコンテンツとしています.

「tsunamiの語源」への2件のフィードバック

  1. 震災の記録・・きっと大事なことだと思います。岩手の海岸部にある集落では、言い伝えだけでなく、石碑にこの場所より下に家を建てるなという意味の言葉が記録されていて、それを守った集落の人は、外出していた1家族以外誰も被災しなかったとのことです。簡単な記録でもそんな効果があるのですから、事実をきちんとした形で後世に伝えておけば、もう二度とこのような悲惨なことはおこらないと思います。そういうことが大学など研究機関に求められているのではないでしょうかね。

  2. satoshi-kさん、おはようございます。
    メールアドレスが一文字違っていたので、コメントが保留状態になっていました。
    石碑にしても口伝にしても、それを伝えることを可能とする人間関係が前提でしょうね。
    週末に湯浅町で「いなむらの火」の資料館と石碑を見に行く予定にしていましたが、
    天候悪化のため断念しました。来週にでも再挑戦します。

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